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2005年ちょこっと韓国訪問記:韓国の化粧品業界事情 店主:東 賢太郎(57歳)
最終回
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◆韓国の緊張感

韓国は近年急速に変化を遂げて来た国だ。今ではあらゆる分野で商品が世界に進出している。そのたくましさはどこから生まれたのか、知識不足の私の頭で考えた。結論は緊張感と資源の乏しさだと思った。首都ソウルからわずか50 km の所に北朝鮮との国境があり、反対の日本海を越えると昔韓国を支配した日本がある。韓国の若者は19歳以上になると2年間の兵役があり、心身を鍛えられている。政治的にも日本以上の強制力のある政策で経済の方向付けを実現し、国民が日本と違い政治や行政に頼ろうとする意識が少ないからだ。ソウル郊外のヨンチョン空港も世界を視野に入れたハブ空港としての機能を充実させ、正に日本を追い越せ、のムードだ。かと云って現在の韓国はひと頃の高度成長が減速し、厳しい経済環境もあるらしい。

◆韓国の米焼酎はストレートで

2日目の夜、「AP社」の皆様が私の為に歓迎の宴を開いてくれた。日本料理屋で飲んだ韓国の米焼酎は、そのままストレートで飲むものらしいが、とても口当たりが良く美味しかった。最近歳と共に弱くなった私だが、数えきれない程の韓国式歓迎の盃交換のお陰で、数を思い出せない程グイグイやった。私の酒は顔にも足にもでないが、唯一口にでる。最後は舌のろれつが不安定になるのを必死で押さえようと無駄な抵抗をした。


もちろん焼肉も一般の食堂や郷土料理店で味わった。もちろん美味しかった。しかしそれよりおまけの小皿の多さにびっくりした。15皿くらいは並んで、いくらでも食べ放題だと云う。「そうか、これもおまけのサービス合戦がエスカレートし、当たり前になったのか」と納得した。実はソウルでの食事は気を使った。韓国では器を手に持って食べるのはマナー違反だからだ。ついつい御飯は手に持ってしまう。日本と正反対のマナーだ。

現在日本は外食産業の伸びが物凄い。ワタミグループやコロワイドをはじめとする大手ナショナルチェーン企業が、あらゆるニーズやウオンツに対応すべく数多くの飲食業態を開発し、全国に無数に展開している。それらの競争が激しい分、価格とサービスの質も高い。まだそれ程の新規業態が参入していない韓国には、いずれ日本からの進出も考えられ、韓国の飲食業界に変化をもたらす日がくるかもしれない。と思うが、それは文化と国情の違う韓国ではまだ5年以上先の話かも知れない。


◆韓国人の対日感情

韓国と日本との感情の問題はどうだろう、と気になった。しかし全く、と云う程その問題は肌で感じなかった。古い話だが私が大学時代フォークソング部に所属していた頃、私が待つ新入生勧誘の机に綺麗な女子新入生が入部を申し込みにきた。「OK、じゃここに名前を書いて」と云う私に彼女は暗い表情で、「私韓国籍なんですけど、それでもいいですか?」と聞いた。一瞬、何でそんなことを云うのか戸惑った。しかし「そんなの関係ないよ」と笑う私に、安心したように少し笑顔を見せ名前を書いた。そして2002年の夏、私がイタリアをバイクで旅した時、ヴェネチアで知り合った韓国女性は、警戒心の顔で私の顔を覗き込んだ。その年の春、ワールドカップでの韓国の審判への不信感が一部で話題となり、イタリアで一度嫌な思いをしたらしい。私は「そんな話は君には関係ないのにね」と慰めた。安心した彼女はすぐに打ち解けて会話を楽しんだ。しかし彼女達にどこか外国人に対する緊張の姿勢が感じさせられた。

現在は、急速な経済発展と日本に於ける韓流ブームの背景で、韓国の人々は決して日本に負けていないと自信を付けてきている。だから靖国問題等についても政治的に強い姿勢でくるのだろう。つまりはっきり主張するだけの強さがでてきたのだ。その余裕からか、対日感情は一般的にはもう過去のものになりつつあると感じた。日本が韓国へ苦しみを与えた長い歴史がある日韓の感情を、たった3日間のソウル滞在だけで安易にコメントすべきものではないと自覚しつつ。

夜ホテルのテレビを見ると、日本の昔のド演歌と間違う程の曲や歌い方が聞こえてきた。昔日本文化の影響を強く受けた年輩者にとっては今でも人気らしい。

◆ソウルのエステサロン

ガイドブックにあるようなエステサロンは書かれている程数が多いと思えなかった。ヨモギの下半身蒸し、体内の老廃物を排出する汗蒸幕サウナや岩盤浴など見学したが、私の見た範囲では設備や内装も余り綺麗とは思えなかった。しかし料金は日本の3割安い程だった。

ソウルは斉州島のようなリゾート地ではないからだろうか。まだ物、値段にこだわる国だから、そのような技術料金にたいする価値観が低いのだろうか。それとも韓国には格安の美容整形が多く一気に美人になれるからだろうか。そんな美容整形医院の集まる地域があるそうだ。時間さえあったら私もプチ整形したかった。それと、毎日辛いキムチを食べているので発汗作用で小顔が多いのだろうか(冗談)。そう思って韓国女性の顔を注視すると確かに美人が多い。民族の体質もあるのだろうか、肥満の人が少なくも感じた。


▲エステサロン入り口             ▲東大門市場(トンデムンシジャン)周辺

◆ソウルひとり歩き

最終日5時間程の自由時間があった。前夜の歓迎会の二日酔いの身体を引きずって一人で街に出た。韓国の町には漢字やアルファベットの表示がほとんどなく、ハングル中心なので、中国や香港と比べて散策するには少し不便を感じた。しかし、移動はタクシーが安くて便利だった。一般車の初乗りは約 200 円から(デラックスタクシーは500円で日本語も通じ易い)でほとんど負担に感じない。一般車のドライバーと話をした。東大門市場のファッションビルに娘が働く革製品の店があるから行きなさい。名前を出せば安くなると云う。「美人?」と聞くと「チェジウみたいだ」と云ってメモを渡した。全く読めない。

東大門市場は日本の上野〜御徒町の雰囲気かもしれない。小さな店がひしめき合い、再開発で、大きなファッションビルもたくさんあった。そこには昔露店商的に自作の洋服も販売する個人アパレル的な店が入居しひしめき合っていた。わずか畳3枚程の店がほとんどで、それぞれが個性豊かな洋服を積み上げ飾っている。娘達やスタッフにお土産を、と回ったが値段が全く付いていない。観光客の鉄則は言い値の半分を押し通す事だ。その戦略でアクセサリーを買った。日本語で「社長さん、私赤字よ」と、どこの国でも同じ言葉が帰った。後で、ほんとに安く買えたのか自信がなくなった。

日本でも韓国直輸入の婦人服が渋谷や原宿あたりで人気だ。現地買いの日本女性が多いのも全く納得できる。タクシードライバーの娘さんの店は探す気力もなかった。


▲東大門市場(トンデムンシジャン)のファッションビル内

◆危機一発

浅草のような韓国の古い文化の品々が揃う「仁寺洞:インサドン」も訪れお土産品を買った。その際近くの公衆便所に入った時だ。入り口付近に荷物を置いて用を足していた人のそれを、他の男が持って外へ出た。「あれっ」と思いながら私はすぐ追いかけ男の腕を掴んだ。物凄い顔で睨み返され、狼狽えながらも私は荷物をもぎ取った。すると男はすぐに小走りで立ち去った。トイレから持ち主が飛び出してきて即私の手から荷物をもぎ取り、激しい言葉を浴びせた。言葉が分からず、説明のしようもなく私は逃げるようにその場を立ち去った。証人もなく、もしこじれたら大変なことになる。とにかくその街から早く立ち去らねばとタクシーに飛びのった。自分のお土産のひと袋をトイレに置いたままだった。ドライバーに行き先を聞かれ「南大門市場:ナンデムンシジャン」と言えず「なんだいもん」を連発し、理解してもらうまで相当遠回りした。焦っていたのだ。


▲仁寺洞(インサドン)の街中

◆まだまだ変化する韓国と日本の経済と流通

最後の夕食を御馳走になり、空港までKさんが車で送ってくれた。通訳のTさんはひとつ前の飛行機で帰った後だったので、私は彼と英語で話をした。道すがらの建物や川、公園を一生懸命説明にてくれた。来年結婚する彼は新婚旅行は日本と決めている。北海道にも行きたいと云う。今北海道は広大な自然と雪に憧れる東南アジアからの観光客で賑わっている。昨年夏に北海道をバイクで回った私はそんなアジア人とたくさんすれ違った。彼とは日本での再会を約束して別れた。

「韓国の活況はすごいね」と云う私にKさんが「いや今変化の真っ最中で、まだまだどんどん変化して行きます。だから戦略が難しいのです」と云った言葉を思い出し私はため息をふたつついた。そういえば日本もそうかもしれない。大企業の倒産は納まったものの、ライブドアや楽天のM&A動向等、変化の要因は後を断たない。

帰ったら仕事が山済みだ。上空からソウルの灯りを見ながら、来年の夏はフランスをバイクで回ろうと思っていた私の予定が韓国に変わりそうな予感がして、また深いため息をついた。  

2005.11.22  おわり

つたない私の紀行文をお読み下さりありがとうございました。
樹音店主:東賢太郎
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