目の前のカフェに座り、空に届く程に高く突き上がったゴシックの大聖堂を見上げながら、ミラノ在住の作家、塩野七生さんの言葉を思い出した。ミラノ在住で知人のメイクアップアーチスト森田元氏がカフェの2階で彼女にメイクをしている時、窓の外に見えるドゥオモを眺めながら彼女がこう云ったそうだ。「私はこうして町の風景を眺めていると、そこで起こった歴史の光景がひとつひとつ映像となって見えてくるの」と。20年近くイタリアに暮らし歴史を研究し、それを本に書き続けた塩野さんの頭の中では、2000年を越えるイタリアの物語がまるで体感したかのようにいつでもリアルな映像となって目の前に蘇るのだろう。
私も大聖堂を見上げながら平山氏が私に話して聞かせたことを思い出した。シャルトルの大聖堂は、広い農地に囲まれた町の中心に高くそびえていた為、11世紀に初めて建造されて以来何度か落雷で崩れ落ち、その都度皆の寄付と人力で復興を繰り返して来た。石造りではあったが、当時はまだ天井付近に木の梁が骨組みとして使われていたからだ。幸い多くのステンドグラスは焼け落ちる前に人々が必死で取りはずし、今に残ったものも多い。当時の人は信仰が一番で、大聖堂を百年、二百年かけ、祈りながら石を積み上げた。その行いが神に対する忠誠の証だったのだ。
<ジャンヌ・ダルクの町オルレアン>
午後2時にシャルトルを出て、5時頃パリの南100kmに位置し、ロワール川に近いオルレアンに入った。この町は英仏百年戦争のまっただ中の1429年、フランス軍最後の砦であったこの町を包囲したイギリス軍に、田舎娘ジャンヌ・ダルクが神のお告げを聞き、軍を率いて勝利し英雄となった。しかしその2年後、内外の状勢の変化で彼女は宗教裁判にかけられ火刑となった。その後25年を経て、ローマ教皇により名誉は回復され、さらに1920年には聖者の列に加えられた。
町の中央にあるマルトロワ広場には彼女が騎馬にまたがる勇壮な像があり、町のシンボルとなっている。
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