#06

2004年夏 北海道バイク一人旅 その6(完結編)


はっぴーとーく樹音 店主:東賢太郎(56才)

 

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<釧路から襟裳岬へ>

 翌朝、釧路から大平洋沿いに約200kmの襟裳岬に向かって南下した。天気は快晴。街を離れて曲がりくねった海岸道路を走ると、砂浜や岩場に打ち寄せる白い波の泡が太陽の光に映えて清々しかった。そのグランブルーの海が青い空とつながる水平線を眺めていると、地球は確かに丸いと実感させられる。沖を走る大型の貨物船の軌跡も絵になるのどかで素晴らしい眺めだ。正に北海道ならではのツーリングを堪能した。

 途中の道の駅には砂浜があり、夏の終りに近い強い波が打ち寄せていた。小さな男の子を挟んで丸太に座る親子ずれの後姿が潮騒の音をBGMに幸せな風景を作っていた。右手におむすびを握ったまま身じろぎもせずじ〜っと海を見つめるその男の子の心には、一生忘れることのない音と映像と温もりが残ることだろう。きっと海が好きな少年になるにちがいない。


 襟裳岬に昇る道路の両脇には丈の長い草原がしばらく続いた。大平洋に突き出た断崖絶壁の襟裳岬に来たのは5年振りだった。しかしその岬の丘の風景は以前とまったく変わっていた。5年前は駐車場と茶店だけで付近一体は自然な雑草が生い茂っただけの寂しい岬だった。現在は岬の突端に「風の館」という大きな展望施設が出来ていた。館内には風速40mまで体感できる風の体験室があリ、寒い冬でも海を見晴らせる階段状のガラス張りの展望室もあった。


 外に出て岬の断崖から見下ろすと、岩場に打ち寄せる白い波が青い海の縁取りのように遠くの海岸線まで続いている。そこには海から暖かくて強い風が休むことなく吹きつけていた。夏の風は気持ちがいいが、真冬の冷たい風は心まで凍てつかせるのかも知れない。私は森進一の歌「襟裳岬」を思い出した。歌詞にある「北の街ではもう、悲しみを暖炉で燃やし始めているだろう・・・、襟裳岬の春は、何もない春です」は、冬の岬を実感した吉田拓郎の正直な実感だったのだろう。

 茶店に入るとおばちゃんが「今日はどこに泊るの?ここは素泊まり安いよ」と若い旅人達に声をかけていた。しかし、どこかもの悲しいこの岬で一晩過ごそうと云う若者はいなかった。私は美味しい地元の牛乳を一気に飲み干した後、再びバイクに跨がりアクセルを蒸かせた。いよいよ日高の牧場地帯に入る。


<サラブレッドの故郷、日高地方>


 サラブレッドの約9割を産するこの日高地方だが、主な牧場は海岸線の静内町と新冠(ニイカップ)町に集中している。ハイセイコウやオグリキャップの故郷だ。

 夕方静内町に到着した。駅近くのビジネスホテルにチェックインし、まずフロントで「37年前、私が19才の夏にお世話になった牧場をこのモノクロ写真を頼りに探したいんです。住所も名前も覚えていないのです」と相談した。すると「向かいのスナックで聞いてみなさい。牧場関係のお客さんが多いよ。スナックは若い女の子もいるしみんな親切だよ」と意味ありげな笑顔で教えてくれた。

 お腹もすいていたのでまずそのスナックへ行った。確かに若い?30代後半〜50代位の女性ばかり4人いた。親身になって写真を見たり、他のお客さんも加わり店は牧場探しで盛り上がった。女性達の飲み物のおねだりも多かった。料金が心配だ。私は頃合をみてに引き上げることにした。しかしあれだけ飲んで食べておごってもたった3000円だった。道路まで女性が送りだしてくれた。そして「あそこの居酒屋のご主人が詳しいよ」と指差した。やさしい人々の街なんだと感じた。

 その古い居酒屋「らく楽亭」に入ってビールを注文した。カウンターで年配のおじさん達が豪勢に料理を広げて飲んでいた。分厚いトンカツをさくさくと食べる隣の男性に、「それ美味しそうだですね〜」と声をかけた。そると「そう、ここのトンカツは絶品だよ、なあおやじ。おい、この人にも作ってあげな」といきなり御馳走してくれた。まだ出会って5分、初めの会話はそこから始まった。皆牧場と取引する業者さん達で、私の牧場探しに大いに興味を示してくれた。居酒屋の御主人や奥さんも仕事しながら話に加わった。「あなたの記憶は静内町と云うけど、この写真の牧場は大きいよ、これだけの規模だと隣の新冠じゃないかな」そう云えばスナックでもそう云われた。「静内には二十間道路桜並木と云う有名な道路があってね、その一帯に大きな牧場が集まっているからまずそのあたりで聞いてみな」と教えてくれた。

 翌朝私は軒並み牧場を訪ねてその写真を見せた。「当時この牧場には高校生の女の子もいました。」思い出すかすかな記憶を話すが、37年も前の話ではたいした情報にならない。「もう厩舎も母屋も建て替えただろうし、写っている放牧場の風景も変わっただろうからね」と、皆同じように云った。念のため丘を越えた新冠に移動して聞き込みを続けた。途中にあった駐在所を訪ねた。「この写真じゃ分らないけど、こことこの牧場にはまだ年寄りがいるから聞いてみるといい」。私は結局15軒位の牧場を訪ねたが何の手がかりも得られなかった。しかし、皆気さくに話をしてくれ、現在の牧場経営の苦しさも知らされた。今全国の公営競馬場が経営の危機にあり、廃止の方向が加速している。その先には関係者の失業や競走馬の処分と云う悲しい現実が待っている。


<牧場探しの結末>
 
 最後にもう一軒、と立ち寄った牧場のおじいさんが私の牧場探しにピリオドを打った。「その当時これだけの規模の牧場は余りなかったはずだあ。この写真の厩舎は昔見た記憶があるで。これは多分昔の八木牧場じゃないかな。」と、それは私の記憶の片隅に眠っていた確信に近い名前だった。「でも、だいぶ昔に経営者が変わってるよ。前の経営者が今どうしてるか分らないし。」と悲しい言葉が続いた。やっと見つけた、と思ったがすぐその現状を知らされ私は深いため息をついた。必ず誰かに会えるはずと信じ、その再会を心で描き楽しみにしていた私の心はせつなかった。その牧場を訪ねて前経営者の行方を聞いてみようかとも思ったが、それは遠慮した。モノクロ写真の37年と云う時は長い。私の中ではあの19才の夏の思い出のまま止まっていたのに、あの牧場は知らぬ間に時を重ねて変わっていたのだ。


もう十分だ。私はもう一度その牧場地帯をバイクで一回りして別れを告げた。お世話になったにスナックの人々、居酒屋の御主人、駐在所のおまわりさん、そして沢山の牧場の人々の暖かい心に感謝感動だ。

海岸線を走る私は、塩の臭いのする風を受けながら気持ちを冷ました。「でももう帰ろう」あと6日の休みを残しながらルンルンと旅を続ける気持ちが萎えていた。北海道をバイクで走るのはこれで3回目だだった。もうバイクでここにくることはないだろうと思った。

<登別温泉で出会った赤いライダージャケットの人>
 苫小牧を抜けて室蘭に着いた。フリーに乗って帰ろう。しかしお盆真近で予約が取れない。やっと空いていたのは夜出航の八戸(青森)行きだった。4時間も時間が空いた。最後に近くの登別温泉に入って帰ろう。イオウの匂いの立ちこめる温泉街に大きな公衆温泉があった。
 ゆっくりつかって他の旅行者とおしゃべりを楽しんだ後バイクに戻ると、私と同じバイク<YAMAHA-TTR-RAID250>が隣に止まっていた。荷台に大きな荷物と赤いジャケットが結んであった。ナンバーは川崎だ。どんな女性ライダーだろう。戻って来るのを楽しみに待った。目の前にある喫茶店でお茶でもしよう。もしかして家もすぐ近くかも。こんなタンクの大きなオフロ−ドバイクに乗る女性は数少ない。やはり旅の好きな人だろう。
 10分程で戻って来た。男だった。「な〜んだ男か!がっくりだよ;赤いジャケットなんか着るなよ」とその彼にジョークを飛ばした。「身体が小さいから走っていてもよく間違われます」と笑われた。
 しばしそれぞれの旅の話をした。「稚内の方でね、うさぎのヌイグルミを着て旅する奴がいてさ、福岡から毎年夏休みに少しずつ宗谷岬を目指して歩きつないで来たんだって。そして今回が最後のになるので、変わった格好で歩こうと思って、ヌイグルミを着てるんだけど、頭の部分が重くてむち打ち症になりそう、だって泣いてたよ。(笑)それから60才で定年を迎えたおじさんのツーリングも多かったね。」と話すと、「僕もいろんな人に会いましたよ。極め付きは74才のおばあちゃんでね、ジ−パンはいて三輪自転車で旅してんだって。札幌の人で、時間があったら泊まりにおいでって名刺くれたけど、レストランを6つも持つ会社の会長さんみたい。負けた!って感じですよね」「・・・」言葉がない。「俺も人生まだこれからか」又ため息。私は早く帰って仕事がしたくなった。

<旅の結末>

 フェリーは真っ暗な大平洋を7時間走り夜中の3時に八戸港に着いた。その後の顛末は初めに書いたように、エンジントラブルでリタイヤだ。早朝の東北道で時速130km、転倒して死亡と云うことにならなかったのを幸運と思うしかない。そのバイクはトラックで川崎まで陸送され手元に戻り今修理中だ。私は仙台のひとつ先の古川駅から東北新幹線で帰った。窓から眺める外の景色は前から後ろに風のように過ぎ去る。遠くに流れる山や田園風景をみていたら、幼い頃父と二人で東京から鹿児島まで旅をした思いでが甦った。ゴトンゴトンと走り、窓から駅弁を買い、父の膝枕で夜を過ごし、鹿児島の駅には親類の人々が迎えに集まっていた。多分それが今の私を旅好きにさせた原点だったのかもしれない。
「旅は道ずれ世は情け」だれの言葉かしらないがその道連れと情けを求めて、私は又すぐ旅支度を始めるだろう。                         

おわり 

*つたない素人の旅の話におつき合い下さり、誠にありがとうございました。

(ご感想をお聞かせ下さると嬉しいです。 head@junet.co.jp 東賢太郎)

 

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