#01

2004年夏 上海小旅行
はっぴーとーく樹音 店主:東賢太郎(55才)

 

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 人口は日本の10倍を越える13億人、面積は30倍と云う中国。
その中でも北京以上に急成長し続けている上海。成田からわずか3時間
の近さと最近WTOにも加盟した環境で日本企業をはじめ外資の参入が
その発展にさらに拍車をかけている。今回急な用事で一人上海に飛んだ。
 丸2日間上海をくまなく歩き尽くした三日目、私は100km離れた
蘇州(世界遺産の庭園や水路が多い)を目指し地下鉄で上海駅に着いた。
その日は夏の土曜日で駅はごった返し、キップ販売所の大きなホールか
ら沢山の人がはみだしていた。客は中に入れず出られずの状況で、駅員
と客、そして客同士の口論があちらこちらでみられ圧倒されて並ぼうか
否か迷った。

 話は飛ぶが、中国人は人に頼らず何でも自分で解決する民族、いやそ
んな環境にあるようだ。例えば町中の交通は日本では考えられない程交
通ルールはおおようで、信号はあくまで基本として守られてはいるが、
すきがあればば即行く、の根性でお互いガンガン交差点に入って行く。
 車は歩行者優先ではなく、どちらが機敏か、の世界だ。しかしそれで
は当然事故は多い。何度もそれを目撃しその顛末を見た。自転車と車の
事故を見た。交差点のまん中で両者が向かい合って口論が始まる。何人
かの野次馬も加わって10分程その応酬が激しく続く。しかし最後は両
者笑顔で納得したように分かれて立ち去った。「おいおい公安も呼ばず
に、保険もないのか」と今だに理解できていないのだが、その自転車は
曲がったハンドルのままゆらゆら運転しながら立ち去り、車のバックミ
ラーも曲がったまんま発進していった。つまりお互い思いきり遠慮せず
自分の立場を主張しあうことを良しといているのであろう。
 そんな事があったとある駐在の日本人に話したら、「中国の故事に、不打不成交、と云う言葉があるんですよ」と話した。これは「喧嘩をしなければ仲良くならない」と云う意味らしい。日本人の謙譲や遠慮の美徳は確かに意味のある日本独特の文化であるが、中国には通じにくいと云う。そして曖昧な返事、例えば、その気もないのに「すばらしい、前向きに検討しましょう」と適当に答えてしまう事。これは逆に後でトラブルの原因となるそうだ。この日本人の曖昧さについて、以前アメリカ人にも云われた記憶がある。分る気がする。しかしこれは若干地域性もあるかもしれない。私は脱サラする前に婦人服メーカーで一年間、関西の大手デパート数社を営業で担当したことがある。週に一度出張して関西の強気のバイヤー相手に交渉するのだが、東京からみると文字通り「えげつない」程の要求をしてくる。こちらも会社の利益を守る為に弱気にならず粘り強く交渉を続けた。そしてどこかで妥協点を見つけて契約する。相互にしっかり主張し合い、決めた事に大してはお互い責任を持つことで人間同志としての信頼関係も生まれる。その後商品企画担当となってからもバイヤーの商品に対する要求は厳しく、それに対応する過程で商品の質は向上していった。昔の東京人は持ちつ持たれつのような、いい顔をしたがるなーなーの姿勢が多かった。今はそんな姿勢ではこの厳しい市場で生き残れない。中国は日本にとって巨大市場となるが、最大のライバルともなるだろう。

 電光掲示板を見ると蘇州行きの汽車はすでに満席が多く、次は4時間
後の午後3時過ぎだと云う。「まいった〜!」とあきらめかけていると、
50代位ののおばちゃんが言い寄って来た。蘇州なら30分後のキップ
があるよ、と云って私に握らせた。ダフ屋だ。「いやいらないよ」と返
そうとするが受け取らない。幾らで買うかとしつこく聞く。
 ちょうどその時、一人の中国男性に連れられて公安の警官が二人来て 有無を言わさずそのおばちゃんの袖をひっぱりどこかへ連れ去った。 おばちゃんは悲鳴に近い金切り声を発しながら何か叫び続ける。何かト ラブルがあったのだろう。私の手元に蘇州行きのキップが残った。日本 円でわずか250円程のキップだ。
 どうしららいいんだ。回りを見渡しながらしばらくそこで待ったがど
うしようもない。近くで様子を見ていた老人男性がニコニコしながら
「いいから行きな」と云うしぐさで改札口を指差した。「ホントにいい
のかな〜、でもせっかくだから使わせてもらおう」と改札を抜けてホー
ムを探した。しかし「何がせっかく」なのか、私は後の展開など予期で
きない愚かさがあった。

 上海駅は汽車の出発真際までそれぞれの行き先に応じて所定の待ち合
いホールで待機する。少し小綺麗にしている人がいると何か物売りが話
し掛けてしつこく追い回す。そのセールス根性はその日の生活がかかっ
ているから半端じゃない。
 しばらく待っていると、さっきのおばちゃんと公安が3人でホールに
入って来るのが見えた。どうしたのかな、とじっと見ているとおばちゃ
んが私を見つけて指差した。私は人に指されてこんな恐怖を感じた体験
はない。するとその公安の一人が私をめがけて早足で向かってきた。
一瞬、「ダフ屋防止法違反、叉はチケット窃盗となるのか、事情聴取で
一日、いやもしかしたら明日も足留めか」と閃いた。
「まずい、逃げよう」。と知らぬ振りで人込みの中を腰をかがめながら
歩き他の出口を探した。しかし出入り口はひとつ。私はメガネを外し、
チェックのシャツを脱ぎTシャツになり、頃合をみて、すました顔で彼
等の前をすり抜けた。うまくいった、と思いながら振り向くとおばちゃ
んと目があってしまった。今度はもう一人の警官が大きな声で何か叫び
ながら私を追った。ぞーっとしながらも、顔からはドーッと汗が吹き出
した。この汗は皮膚生理的に云うと「ホットフラッシュ」と云う現象で、
年配の人が急な緊張やストレスを感じた時に起こすものだ。

 幸い通路もどこも人がいっぱいで人込みにまぎれて何とか逃げのびた。
捕まると言葉は通じず、こんな状況の中ではまずいストーリーが待って
いる。日本の夕刊フジあたりの見出し「叉も日本人の海外での軽率な行
動」の見出しが頭をよぎる。
 早く駅から立ち去ろうと改札を抜けてタクシーに飛び乗った。車は都
会のタクシーで一番多いワーゲンのサンタナだ。早くから中国との合弁
会社を作り現地生産している。自動車は中国語で「汽車」と書く。
 横道にそれるが、中国の自動車生産台数はもうすぐ、日本国内の生産
台数を追い越すと言われている。人口が10倍もあるのだから当然の流
れであろう。
 「やれやれ一件落着、じゃないだろうけど」と思った瞬間脇に抱えて
いたシャツがない。シャツの胸ポケットには約200元(3000円)
の現金と、前夜ライブハウスで知り合ったスイス人の住所を書いた紙と
使い捨てカメラがあったはずだ。今さら戻れず、戻っても見つかるはず
もなく、ため息、ため息、ため息。
 しかし私の旅に必ず起るトラブルの中では小さい出来事の方だ、と言
い聞かせ助手席でタバコに火を付けた。15年禁煙して昨年から少し再
開したタバコがうまい。しかしその瞬間、ドライバーに「ダメダメ!」
と日本語で怒られた。「アッそうか、まずかった」それほど気が動転し
ていた。そう云えば、市内を歩きながら意外に感じていたのは、歩きな
が らタバコをすう人を全く見なかったこと。それどころかレストランや
地 下鉄などにも全く灰皿を見ない。中国人はタバコを吸う人が少ないの
か と思っていたら、現地駐在の日本の方に、いや世界で一番タバコを吸
う民族だよと教えられた。
 怒鳴られてどっと落ち込む自分が情けなく、その日は夕方まで回復せ
ずこのまま日本へ帰りたいと思った。
 幸い立ち直りの早いのも旅なれた私の特技、いやどん欲な行動力がそ
の日の夜には「上海はエキゾチックな魅力あふれる街だ!」に変えた。

つづく

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