#01 2001年夏 スペインバイク一人旅
はっぴーとーく樹音 店主:東賢太郎(53才)

 

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太陽の海岸「コスタ・デル・ソル」
巡礼の道「カミノ・デ・サンティアゴ」を訪ね
スペイン一周のバイクツーリング6000kmの旅

 

< ワインレッドのHONDAツーリングバイクが走る >

 2001年夏、マドリッドの南約200km、ドンキホーテで知られるラ・マンチャ地方の平原を南に向けてHONDA のツーリングバイクが走った。地平線の向こうまでまっすぐ延びる白い道を、熱い真夏の陽射しを浴びながら走るワインレッドのバイクは排気量650cc、さすが力強い走りで生身の私の体をグイグイと前へ運んでくれる。           
  ラ・マンチャはアラビア 語で「乾いた土」の意味がある。真夏の強烈な陽射しと湿度の少ない乾いた空気で、広大な 畑のひまわりは全て同じ方向を向いて赤茶色に枯れていた。
その景色は葬式の行列を見るようであり、ムンクの「叫び」の絵を見るようでもあった。
しかしその異様な光景も雄大な自然の中ではなぜか感動すら覚えた。         
 少し走ると今度は乾いた大地でもたくましく実をつけるオリーブの木が点々と続いていた。視界360度、高さ約180cm の展望は見るもの感じるものをその まま私の心に記 憶させてくれた。行き着く先は地中海のリゾート地、太陽の海岸「コスタ・デル・ソル」。

< 夏のスペインは日没が夜の9時ごろ >

 いくら走っても飽きることのない荒野の地平線に熱い太陽が傾き始める。7月のスペインは日照時間が長く日没は夜の9時過ぎである。陽は西に傾いて夕陽となってからもゆっくりと時間をかけて斜に沈んで行く。その夕陽にさらに赤くバイクを染めながら、長い影を道ずれに私は南に向けてアクセルを全回させた。聞こえるのはただ快調なエンジンと風の音だけ。
それは正にライダーの至福の時であった。                       
 陽は沈んでからもしばらくは地平線の空を薄いワインカラーに彩どる。時折遠くに見える小さな村の灯りが、孤独な私を誘うように優しくまたたいた。 私は星が降る真夜中まで走っていたいと思った。

< 初めから失敗、そして30年振りのスペイン >

 スペインはヨーロッパの西南、イベリア半島に位置し、首都マドリッドはそのほぼ中央にある。広さは日本の1.3倍、人口は4000万人。1975年にフランコ将軍が死に、長い独裁政権が崩壊してから国王ファン・カルロス一世を元首とする立憲君主制の国となった。
 私がスペインを旅するのは、学生時代に横浜から船や列車、飛行機を乗り継いでロシア経由でウイーンに入り、ヨーロッパをヒッチハイクした時以来でちょうど30年振り。今回もひとりバイクで24日間、スペイン一周の気ままな旅であった。            
 7月23日、オランダ航空で成田を発ち、アムステルダム経由でマドリッドヘ。途中アムステルダムに一日滞在した時にのっけから大きな失敗をしてしまった。空港に向かう列車で隣にすわったホモ男の「オー、ヤーパン(日本人)」と云う気持ちの悪いボディータッチにころげる様に下車した時、足下に置いたヘルメット等を忘れてしまったのだ。メットの中には手袋や辞書等も入れてあった。すぐに連絡を取り見つけてもらったが取り戻す時間がなく私は少し気落ち状態でアムステルダムを発ちマドリッドへ向かった。正に先が思いやられるスタートであった。

< インターネットで見つけたレンタルバイク >

 マドリッドの空港にはレンタルバイクショップの社長ホセ氏が出迎えてくれた。ボール紙にAZUMA-SANと書いて高くかかげ、若かりし頃のアンソニーパーキンスにそっくりな顔をニコニコさせながら私の所に駆け寄って来た。さっそくヘルメットやグローブをなくしたことを話すと「何も心配はいらない、全て私にまかせて下さい」と。そのホセ氏の言葉にこれから始まる未知の旅への不安が吹き飛んだ。                     
 このホセ氏のバイクショップはインターネットで見つけ直接メールを送って手配したもので、多少のリスクを覚悟していたがこれは全く杞憂であった。今回予約しておいたバイクは「HONDA-NX650」高速でも悪路でも走れるパワーのあるツーリングバイクだ。新車のようにピカピカに整備されたバイクを見て私の心は早った。とりあえずプラド美術館やノミの市等マドリッドを一日観光した後いよいよ出発。首都高速でマドリッドの街はずれまでホセ氏が見送ってくれた。街を抜けると道はオリーブ畑の真ん中をまっすぐ遠くの丘の上まで延びていた。私はその道を南へ向けてアクセルを蒸かせた。                 

< かってはスペインの首都であった中世の古都・トレド >

 スペインの道路は高速道路や県道がほぼ完璧に整備されており、制限速度も120kmまである。しかし速度に関しては全く寛容で、通行量も少ない為に車は140〜150km 位でガンガン飛ばし、混雑する街中でも荒っぽい運転が多く戸惑った。向こうでは人より車優先である。と書きたいくらいの感じだっだ。                     
  高速で南へ10分も走ると街を抜けて広い平原にでた。 何キロも先まで見通せる赤土の平原やなだらかな丘陵地帯にはひまわりやオリーブの木々が点々と続き、一直線に延びた青空の下の道を、暑い風を切りながら時速120〜140kmで走った。          
 始めの訪問地はマドリッドから南へ約70km、中世の古都「トレド」であった。かってはスペインの首都として繁栄したが、1561年に今のマドリッドに遷都された。トレドはタホ川に3方向を囲まれるようにして半径約600mの高台にある。ゴシックやムデハルの様式で建てられた巨大なカテドラルや、当初要塞として造られたアルカーサルなど中世そのままの土色の建物が集積し美しい景観を見せていた。                 
 トレドはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つの文化が混在した独特の雰囲気を持つ古都で、画家のエル・グレコが移り住み、傑作「オルガス伯の埋葬」等たくさんの作品を残している。街中は車がやっと一台通れるような細い道が迷路のようにあり、私はバイクで何度も同じ道に迷い込みながらも隅々まで探索して回った。

つづく

 


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